常任理事・国際交流委員 柴田昌典
国際交流委員 楢村友隆
当会名誉会長・臨床工学国際推進財団理事長 川崎忠行
【背景と目的】
他の東南アジア諸国と同様にフィリピン(比国)でも国民所得の向上と共に生活習慣の変化もあって透析患者が爆発的に増加しているが、一方、透析治療導入後の患者の平均余命は現在のところ3.2年と極端に短いことが特徴であり、大きな問題である。表に比国腎臓学会がまとめた2015年のデータを示す。我が国において40年以上にわたって開発、改良と臨床的知見が蓄積されてきた透析関連技術のうち比較的導入しやすいエンドトキシン捕捉フィルタ(ETRF)を活用した透析液水質・浄化管理技術の移転とともに透析治療ノウハウの紹介と、将来的には日本の透析液中央供給装置(CDDS)等の技術・製品・制度の紹介により同国の透析治療の質の向上・透析患者の生活の質の改善と予後の改善を図るべく、三年間にわたり厚生労働省の助成を得て特定医療法人財団松圓会の山根伸吾専務理事のグループが中心となってプロジェクトを進めてきたところだが、今年度をもって終了となる予定である。三年間で一定の成果を上げたと評価可能であるが、一方、比国では今後も透析治療適応患者は増加の一途をたどるものと想定され、現場では技術水準の維持と向上にさらに継続的な協力と支援を提供するべきであるという意見が強い。現状はなおも種々の問題が山積しているが、将来に向けて解決可能であるという状況と判断される。そこで現時点を中間評価の時期と認定し、進行中のプログラムを現状に即したものに改変し、さらに大きな果実を得るためのステップにしてはどうかという意見があり、先般、当会 川崎忠行名誉会長と経済産業省国際展開推進室長 岸本堅太郎氏他との面談を行ったところ、経済産業省では新興国における医療機器メンテナンス拠点設置に関する研究会が稼働中であり、このような流れのなかで比国においても日本の医療機器の競争力強化策を模索中であることが明らかとなった。
以上のような情勢をふまえて、透析技術移転プロジェクトの第二ステップとして日本の医療機器を現地で保守・整備できる技術者を養成することを目的とする訓練センターをマニラに設立する構想が提案された。具体的にその一歩として比国の現地の技術者や病院スタッフに透析関連機器のメンテナンスと透析液浄化管理についての教育訓練を提供するところからスタートしてはどうかという意見があり、日本臨床工学技士会(JACE)がその主力として協力することに吝かでないという提案も行われた。そこで当会としては、比国に日本式臨床工学技士(CE)制度を設立し、透析治療の技術水準の向上を図ることを最終目標とする教育的工程について話し合いたいという考えを提案している。
そこで透析医療関連分野の要人たちに理解と賛同を頂くべく、平成29年9月18日から20日にわたり、比国・マニラのフィリピン大学医学部副学部長のCoralie Therese D. Dimacali 医師、The Medical City(JCI認定施設)の、Irmingarda P Gueco 医師を表敬訪問するだけでなく、比国有数の財閥であるMagsaysayが運営する関連施設の見学を行い、同社のDoris Magsaysay Ho オーナーと面談を行ったので報告する。
表.比国の透析概況(2015年) 出典:「Philippine Renal Disease Registry 2016」
- 維持透析患者数 32,077人
- 新透析患者 HD 17,958人 PD 645人
- 原疾患 糖尿性腎症 43.28%
- 透析施設数 562施設
- 総透析機器台数 5626台
- 透析導入年齢 1-10歳 35人
11-20 320
21-30 1,228
31-40 1,845
41-50 3,173
51-60 4,773
61-70 4,471
71-80 2,053
81-90 658
>90 47 - 腎移植患者数 475名
【各施設表敬訪問について】
1)フィリピン大学医学部副学部長Dimacali医師への表敬訪問。
- 日時場所:2017年9月18日(月) Philippine General Hospital
- 日本側:川崎忠行名誉会長、楢村友隆委員、筆者、
- Dimacali医師(写真1)と面談。
<発言概要>
- 当医学部としては、ちょうどBiomedical Engineer育成のためのコース設置を検討し始めた矢先であり、JACEからの協力提案は非常に興味深く思われる。
- 日本や他国で実施されているJACEの研修カリキュラム(英文)を紹介して欲しい。いただいたビデオと合わせて見て、どのようなコース設定が当地で相応しいのか検討したい。また12月に日本側が再訪比する際に具体的な議論をしたい。
- フィリピン腎臓病学会(PSN)としては、毎年11月ごろにBiomedical Engineer向けの研修コースを実施しており、JACEの研修科目を統合することも可能である。具体的な方法などについては、Gueco医師と相談してみて欲しい。
写真1. 右から3人目 Dimacali医師
2)The Medical Cityの透析センター長Gueco医師(写真2)への表敬訪問。
- 日時場所:2017年9月19日(火) The Medical City病院
- 日本側:川崎名誉会長、楢村委員、筆者
- Gueco医師と面談。
<発言概要>
- 日本の最先端の医療技術を学ぶことができて大変感謝している。JACEの今回の提案も非常にありがたい。
- Medical Cityでは、B Braunと5年契約で透析機器を導入しており、メンテナンスと修理は同社に一任しているが、機器に不具合があった時その場で即応できる技術者がいれば大変助かる。病院所属のMedical Engineerはいるが、検査等を担当していて、医療機器の保守・整備などは担当していない。
- JACEの訓練カリキュラムを是非研究したい。また、次回JACEと当病院の関係者(医師、看護士、技師)と合同で具体的にどのようなことができるのか一緒に議論したい。
- Technical Education and Skills Development Authority (TESDA):技術教育技能開発庁に日本のClinical Engineerの制度を紹介するのもいいかもしれない。
写真2. The Medical City表敬訪問時に行われたエンドトキシン定量結果に見入る、Gueco医師(右手前)
3)Magsaysayの関連施設見学
1. 日時:2017年9月20日(水)
(1)船員訓練施設(Times Plazaビル)
(2)医療検査クリニック
(3)日本語学校(写真3)
2. Magsaysay財閥オーナー他幹部との協議を行った(写真4)。
- 日本側:川崎名誉会長、楢村委員、筆者
- 先方:Doris Magsaysay Ho(オーナー)、Edouard Manesse(役員会会長)、Jay(事業開発部長)、Alexander Querol(研修所長)
<協議概要>
- JACE側より、JACEのミッションと図の医療技術訓練センター構想案を説明。
構想案は現状では単に一つの素案にすぎず、今後比国側ニーズをより具体的に検討して、それに対応した育成スキームを検討する必要があること、また日本政府から財政支援やメーカ側から機材等の支援が得られることが大前提条件であることを説明した。 - Ho氏より、JACEの教育機関としての社会的役割や各国での教育活動が素晴らしいこと、比国のために協力してもらえることに感謝の意が表明された。Magsaysayの職業訓練の教育方針は、すぐに実戦で使えるスキルの習得にあることを強調、本プロジェクト構想に是非協力させてもらいたい旨表明。また、今後の方針として、比国側としてどのような具体的なニーズがあるのかについて、Gueco 医師とより具体的な研修イメージについて協議する旨表明。また、政府の新しい政策により、フィリピン大学等でBiomedical Engineer専攻学部の新設が検討されている動きも踏まえて大学や専門学校との連携も視野に入れたいとの表明。
- JACE側は、比国側に英文カリキュラム概要や各国での活動概要を参考資料として提供する旨約束した。
写真3.Magsaysay 日本語学校の教室にて
写真4. MagsaysayオーナーのDoris Magsaysay Ho(写真中央)
【今後について】
比国における個人用透析コンソールの大半はB Broun、Fresenius社製であり、実際の整備・修理などの作業については製造メーカの守備範囲とみなされている。経済産業省では従前から、新興国等に日本企業が合同で医療機器メンテナンスセンターを開設・運営できないか模索中であり、センターで日常の点検などのマニュアル化された行為を行う人材と、医療機関内で機器を保守管理する人材の育成を考えており、また修理を要する判断についてのトリアージもできる者をセンターに配置し、実際の修理等についてはメーカが主体性をもって対応するいわゆるコールセンター的なシステムを移入できないかという意見がある。
今後、比国の専門学校に透析医療関連機器に関する教育コースが開設されるとすると、対象者(研修生)の募集、研修後の職場斡旋(受け皿)が一つの業務となろうし、また日本と比国内のメーカとの協力体制も重要となろう。比国の透析医師が、日本並みの治療成績を望んでいるのか?日本の洗練された透析技術をどのレベルまで導入したいのか?どのレベルの透析技術者を望んでいるのか、そのあたりの相互理解と啓発がまずなされねばならない。
今後、多くのCEの方々に参画して頂き、日本式クリニカルエンジニアを世界に普及させたいと思っている。